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バリ島の夕日の名所タナロット寺院2 |
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バリ島で有名なブサキ寺院の歴史はかなり古く、8世紀には既に、仏教僧の修行の場として使われていたようだ。 16世紀、ゲルゲル王朝時代に、王家の寺院となってから急激に存在感を示すようになった。 それ以降、バリ島に大小合わせて、2万とも、或いは、3万あるとも言われる、寺院を統括するバリ・ヒンドゥー教の総本山として、絶大な信仰を集めるに至った。 祀られている神々は、破壊神シヴァ・繁栄神ヴィシュヌ・創造神ブラフマの三大神で、そのヒンドゥー三大神を中心に、多くの神の祠(ほこら)が囲むように配置されている。 駐車場から、緩やかな勾配の参道を、10分ほど歩くと、やがて目の前に偉容を現すのが、ブサキ寺院の中心となる、シヴァ神を祭るプナタラン・アグン寺院だ。 聖峰アグン山を背景に巨大な割れ門がそびえ立ち、その奥に格式の高さを表す11層の大門や、9層或いは11層のメル(重層屋根を持つ奇数の塔)が見える。境内は一般客が入ることは出来ないので、左右の階段から回り込み、壁越しに中を見るようになる。 また、プナタラン・アグン寺院を核として、南西に創造神ブラフマを祀るキドゥリン・クレテッ寺院、北西に繁栄神ヴィシュヌを祀るバトゥ・マデッ寺院があるが、残念ながら、いずれも信者以外は入山出来ない。この3寺院でヒンドゥー教の三大神を祀っている。 大小30余りの寺院からなるブサキ寺院では、祭礼の数も半端ではない。ウク暦(1ヵ月を35日、210日を1年とする)に従って執り行われる各寺院のオダランだけでも、約55回もある。10年に1度や、100年に1度の大祭の時には、各地からの参拝客で、身動きが取れないほどの賑わいを見せる。従って、観光客が華やかな祭りに出会う可能性も極めて高い。尚、出来れば午前中に行くのがお勧めだ。 ティルタエンプルは聖なる水の湧く寺院として、バリ・ヒンドゥー教を信仰するバリ人にとっては重要な場所,10世紀〜14世紀に栄えたワルマデワ王朝の遺跡。タンパクシリンに位置し、この寺の内部には尊い聖水が湧き出る泉がある。聖なる水は今でも泉の底からは砂や小石を巻き上げながら湧き出している。 この聖なる水を引いた沐浴場が隣にあり、心身を清める為に使ったり、祈りを捧げる時に必要な聖水を汲んだりするとても重要な場所、伝説によるとインドラ神が大地を貫き、不滅の霊薬の泉として作ったといわれる。 水の下にある緑色の藻が、透き通った聖水にエメラルド色を与え、そして外のココナッツの木の緑の葉が水面に映り、とても神秘的に感じられます。また、この寺院には、ヒンドゥー教の三大最高神のひとりであり、「雨を司るインドラ神」より位が上の「水を司る神 ヴィシュヌ神」が祭られております タマン・ウジュンはカランアッサムから南へ5kmのところに静かな漁村がある。Tumpuという村でそこに水の王宮の跡が残っている。この王宮は1920年に静養と迎賓用に建てられた。1960年と、1979年にアグン山が噴火したため、あちこちが損傷してはいますが、それでも十分当時を偲ぶことができる。池が3つあり、中心の池には2本の橋がかけられ、メインの宮殿とつながっている。隣の池にある彫刻と石の塀にはバリ様式と、ヨーロッパ様式がミックスしたデザインが見られる。宮殿の西の丘には、“バレ ブンゴン”と呼ばれる丸い建物がある。そこから東の方向には、緑の丘が続き、田園風景が広がっている。一方、南の方向には見渡す限り青い海が広がっている。ここもバリではちょっと穴場でとてもキレイなところだ。 ゴアラワは、11世紀の初めにEmpu kuturan(ウンプ・クトゥラン)というお坊さんの呼びかけで作られたと言われている。このお坊さんは、ジャワ島からやって来た。その頃ジャワ島には、イスラム教が入ってきて、ヒンドゥー教が負けたので、お坊さんたちはバリ島を逃げて来た。ゴアラワというのは、ゴア=洞窟、ラワ=こうもり という意味で、この寺の中にはこうもりがたくさんいる洞窟がある。バリ島のお寺すべては、生理中の女性、まだ母乳中の女性は、絶対に入ってはいけない。特に、このように動物がいる寺では、気をつけなくてはいけない。わからないだろうと思って安易に入ると、こちらバリ島での“神様のヤキモチ”などがあり、色々なことが起こると言われているからである。この洞窟の中には数千羽のこうもりが巣を作っていて、夕方になると洞窟から出てきて、あたりの空を飛び回る。それは周辺一帯を異様な景色に変えてしまうほどだ。中で正装をしてお祈りする人や、バイクでやってきてお祈りをして去る人が、ひっきりなしに来る。ほかの寺院よりも地元の人に密接に関わっているような感じだ。 プナタラン・サシ寺院は「ペジュンの月」と呼ばれる巨大な銅鼓が安置され、紀元前3世紀頃のもとされしき、バリの6大寺院のひとつで東南アジアの青銅器時代を代表する遺物。 直径160cm、高さ186cmで青銅製の銅鼓としては世界最大で、歴史的にみてもとても貴重なものだ。この寺院は神話が今も語り継がれている。 古代バリには13個の月があり、あるとき、その中のひとつが村に落ちてきて、やしの実に、引っかかってしまった。昼夜を問わず照らすため夜になっても仕事ができず困っていた泥棒が何とか灯りを消そうと、木に登り月にオシッコをかけることにした。がオシッコがかかった瞬間、月が爆発。泥棒は死に月は地に落ちた。これが「ペジュンの月」の伝説で、銅鼓の底が割れたのはこのせいだとされている。 |
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